大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和41年(あ)1102号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人伊藤静男の上告趣意中違憲をいう点は、その実質は単なる法令違反の主張であり、判例違反をいう点は、その判例の具体的摘示がなく、その余の論旨は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも適法な上告理由にあたらない(刑法一九七条ノ四の斡旋収賄罪が成立するためには、その要件として、公務員が積極的にその地位を利用して斡旋することは必要でないが、少なくとも公務員としての立場で斡旋することを必要とし、単なる私人としての行為は右の罪を構成しないものと解するのが相当である。しかし、原判決の維持した第一審判決掲記の証拠によれば、第一審判示第一の三の(1)、六の(1)、七の(1)の各斡旋行為は、単なる私人としての行為でなく、被告人が公務員としての立場でこれを行なつたことが明らかであるから、右の判示各事実が斡旋収賄罪にあたるとした原判決の判断は、その結論において正当である。)。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 石田和外 色川幸太郎)

弁護人伊藤静男の上告趣意

第壱点 原判決には刑法第一九七条の四(斡旋収賄罪)の解釈適用を誤つた違法があり、延いては憲法第三一条の違背あるものである。

一 原審に於て弁護人は斡旋贈収賄罪の成立するためには、その要件として(一)公務員がその「地位を利用」して斡旋すること及び(二)他の公務員に対し、職務上不正の行為をなさしめ又は相当の行為をなさざらしむべく斡旋することを必要とするものと解すべきところ、被告人はいづれの場合にも、すべて私的な友人関係を利用したもので、自己の公務員たる地位を利用して斡旋したものではなく、且つ、他の公務員に対し職務上不正の行為をなしめ又は相当の行為をなさざらしむべく斡旋したことはないから、本件被告人の行為は、斡旋贈収賄罪を構成しない旨主張した。

二 原判決はこれに対し、刑法一九七条の四の斡旋収賄罪が成立するためには、その要件として前記(一)の公務員がその「地位を利用」して斡旋することは必要でないと解するのが相当であると判示し、(二)の要件は第一審判決事実からして充足していることは明白であると判示された。

三 然し乍ら、斡旋収賄罪に於てはその立法過程並に刑法一九七条の四の新設理由からして公務員がその「地位を利用」して斡旋することが要件であり、少くとも本件被告人と浅井良三との間の如く公務員としての立場を離れた単なる私的友人関係を利用した場合はこれに該当しないと解すべきである。

即ち、本条は昭和三十三年の刑法一部改正によつて新設された規定であるが、それまでの賄賂罪の規定はすべて公務員自身の職務に関する賄賂の授受を対象とするものであつたところ、公務員がその「地位を利用」して他の公務員の所管事項について斡旋し、その関係で賄賂の授受が行われるという事態が多く見られるようになつてきた。しかし、従来の賄賂罪の規定の運用ではそのような事態に対処することができなかつたので、本条が新設されることになつたことは公知の明白な事実である。

従つて、成程斡旋の対象となる他の公務員の職務の公正が第一次的な保護法益とされることは勿論であるが、前記の事情並に本罪の主体が公務員に限定されており、客体も「賄賂」と呼ばれ規定されている点からすれば、斡旋行為の主体となる公務員の職務の公正も第二次的な保護法益とされていると解さるべきである。

従来のわが国の斡旋賄賂罪についての立法過程においては、公務員がその「地位を利用」して斡旋することが常に要件とされてきており、新設された本条では、その点が明文には現われてはいないが実質的に内在する(小野博士)と考えるのが正当である。

特に第一審判示第一の六及び七の各(1)の事件に於ける被告人と浅井良三との関係は、被告人が浅井良三に対し何等支配的地位、立場に無かつたのみならず「良ちやん」「福ちやん」と呼び合う程の全く私的な友達間の親交を利用したもので、公務員としての地位の利用又は公務員の立場に関係なくしてなされたものであり、斯る場合迄も含むとすることは全く立法趣旨に反するのみならず、若し斯る場合迄も含むと解すれば公務員でない一般人と区別する必要なく、偶々被告人が公務員であつたが故に処罰対象となる結果となり、明かに憲法一四条(法の下の平等)の規定に悖る憲法違背の解釈であるといわねばならない。

〈以下略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例